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親の死に目に会えるようじゃいけない職業
~ 伝統芸能と名跡(みょうせき)の世襲制 ~


親の死に目に会えない商売。
 
 
タイミングやロケーションなどにより、どんな職業でもそうなる可能性はあるが、その代表例は芸能人、特に舞台俳優だと言われる。
 
理由は、「舞台演劇が基本的に生(ライブ)であるから公演に一回たりとも穴を空ける事は許されない」と言う責任感や芸に対する覚悟の表われとして説明される場合が多い。
 
しかし、実際はそのような綺麗事だけではなく、たった一日でも休演して代役を立てた場合、「その代役が自分より上手かったり人気が出てしまうかも知れない」、と言う不安や恐怖の方が大きな理由だと思う。

実際、ロングランの商業公演ではアクシデントに備え、出演中の俳優と同じ台詞と動きが全部入っている代役が待機している場合があり、これは”アンダースタディ”と言う名で制度化されている。


 つまり「親の死に目に会えない」と公言する事は、「自分の実力と人気は抜群であるから、代役が務まる人間など存在しない」と言う自負の現れであり、「私と言う役者は唯一無二の存在である」ことのアピールであるとも言える。
あるいは、自分から言わずとも“親の死に目に会えない存在になりなさい”と、指導者から言われる場合もあるらしい。

ただし、生きている限り病気や怪我と言った事態はどんなに気をつけても発生することがある。


そこで編み出されたのが、日本の伝統芸能界における芸名(正確には名跡)の世襲と言う、シンプルかつ説得力を兼ね備えたシステムである。

 
歌舞伎の世界を例に取ると、ある家における最も重要な芸名の第一継承権は長男に与えられる為、その長男は誕生した瞬間から唯一無二の存在である事が約束される。
またこれと並行して、幼少期、青年期、円熟期のステージ毎に用意された芸名も用意されおり、これらを段階的に襲名して行くことで成長を周知しつつ、前後の世代と芸名が重複する状況を回避する言う合理的なサイクルも確立されている。
*長男以外が家と芸名を継いだり、血縁の中に適当な男子がいない場合は養子を取る、と言う方法も可能であるが、近年は極めてまれ


【結論】

    • 役者には本来いくらでも代わりがいるが、それに脅かされない絶対的な仕組みが世襲制度である。
      同時に、誕生(現在では胎児の段階から性別判明可能)の瞬間から家を継ぐことが運命づけられた上、一生にわたり代役が控えていない言う現実も、これまた想像に絶する苦しみがあるだろう。
       
改訂2020/10/10
初出2020年6月

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